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紀伊国は現在の和歌山県です。 紀伊国分寺は北部の紀ノ川に沿った「紀ノ川市」にあります。 紀伊国分寺跡はJR和歌山線の下伊阪駅の北にあります。「紀伊国分寺歴史公園」として整備され、資料館もあります。 資料館じある紀伊国分寺の復元模型です。中門、金堂、講堂と連なって、金堂の東に7重塔がありました。 講堂跡に建っているのが現在の国分寺(本尊 薬師如来 新義真言宗)です。手前は金堂の基壇跡です。 和歌山県の北部、紀ノ川の沿岸には「紀伊国分寺跡」以外にも古代寺院跡が存在します。九州から瀬戸内海を東進してきた部族が紀ノ川の河口に上陸して、川沿いに東へ進み大和国に入って「大和政権」を確立したので、紀ノ川沿岸は先進ベルト地帯として発展したと考えられています。飛鳥時代から奈良時代にかけて「紀氏」が大きな勢力を持っていたことは、藤原京跡と平城京跡に残っている2つの「紀寺跡」から判ります。。 西から(1)「上野廃寺跡」、(2)「西国分寺塔跡」、ずっと東の橋本市には(3)「名古曽廃寺跡」と(4)「神野々廃寺跡」、それに「紀伊国分寺跡」を入れると5つの廃寺跡があります。 この中でも紀伊国分寺跡の西側の岩出市に「西国分寺塔跡」と言われている、上の写真のような礎石が残っています。まだ発掘されていませんが、「紀伊国分尼寺跡」ではないかと推定されています。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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世話役さん、国分寺やっと紀伊の国に来ましたね。下井坂というと地図で拝見するように東国分、西国分という地名がありますね。国分寺から来たのでしょうか?本尊 薬師如来 新義真言宗というと根来寺と同じですね。この当たり勢力範囲だったのでしょうか。 |
彦左 2008/02/23 18:06 |
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